千曲がり奮闘記~紆余曲折の育児記録~

2015年4月生まれの娘の育児記録と、それに奮闘する自分自身の気持ちなどを綴った育児絵日記。

カテゴリ: 性被害

タイトル通りなので、観覧注意です。抵抗のある方はバックお願いします。前回の続きです。1話目はコチラです。私の性知識については、本当に黒歴史です。元は幼稚園時代から自慰行為をしていたので、本能的にエロかったんだと思います。そして本をたくさん読む子だったので
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タイトル通りなので、観覧注意です。抵抗のある方はバックお願いします。



前回の続きです。

1話目はコチラです。



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私の性知識については、本当に黒歴史です。

元は幼稚園時代から自慰行為をしていたので、本能的にエロかったんだと思います。
そして本をたくさん読む子だったので、早いうちから大人向けのも読むようになり…そうすると自然にそういう話も、知識として頭に入ってきます。
まあその知識が偏りまくってた、という事なのですが。
覚えてるのは、母親の美容院に付き添ってた時、お店にあったゴシップ雑誌を読んでいた記憶。不倫体験談みたいなちょいエロコーナーをいつも読んでました。

中学の時に極端な思考で足をふみ外しかけたのは、今思うと性加害されたことによって自己愛や自己肯定感が低下してしまったのかもしれません。妄想しただけで実際は何事もなくて本当に良かった…。

当時はまだ性に関する規制がガバガバだったのですが、今はだいぶマシになってると思います。
それでも、ネットや本などで見ようと思えば、子供でも簡単に見る事ができます。
そしてそういう「簡単に見れる内容」というのが、快楽を強調しただけのファンタジーだったり、アブノーマルなものだったりするんですよね。

そしてネットや本以上に身近にあるのが、「人づてに聞く、間違った性知識」。実はこれが一番やっかいなんじゃないかと思っていて、実際の人から聞くから信ぴょう性あるように感じるし(相手が先輩とか経験豊富な友達なら尚更)、それが普通なんだと信じ込んでしまうんですよね。

家庭や学校でいくら性の話題をタブーにしても、情報を完全にシャットアウトする事なんて絶対にできない。
そして実際に子供がいつどこで性知識を入手しているのかなんてのも、大人は絶対に把握しきれない。
だから独学で暴走する前に正しい性知識を教える事って、とても大事だと思うんです。


そんな理由と、私自身の体験から、大人たちは性教育への無理解を改めるべきだと思うし、早急に本当に正しい性教育をすべきだと思います。

そして子供がいる・いないに関わらず、個人個人が他人事にしないで、まず自分自身が正しい性知識を持ち、自分の知識が間違っていたら、正しい情報へアップデートする。困ってる人が居たら手を差し伸べる。これらを出来る範囲でやっていく事も必要だと思います。
今の日本の現状ではなかなか難しいかもしれませんが…。


性被害で悲しい思いをする人が少しでも減りますように。


長らくお付き合いありがとうございました。








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これが一番言いたい事なんですけど、

Yみたいな異常な人って、めったに居ないと思うんですよ。
でも、少数でも実際に居る事は確かで、そして、そういう一人の加害者がいるせいで、被害者が何人も生まれるんです。

だから、被害者も、傍観者も、「めったに居ないから」「Yは特別だから」みたいな感覚でスルーしてはいけないんです。

私があの時に声を上げていたら、もっと被害者は減らせていたのかもしれない。
少なくとも5年女子と委員長は救えていたかもしれない。

そういう考えにたどりついたのは、私が大人になってからなんですけどね。
当時はそんな事も分からず、ただ自分がされた事にショックを受けて、忘れようとしていた。

若い子が声を上げない理由の一つとして、そういうのもあると思います。
自分の傷を守る事で精一杯で、どういう行動を起こす事が「社会的に正しいか」という部分まで考えつかない。
というか、考える余裕すらない。
そもそも「正しい自分の身の守り方」すら知らない。

まだ精神的にも未熟なんだもん、当然だよね。


それを補うのが「安心して相談できる環境作り」そして「性教育」なんじゃないかと思うんです。



続きます。
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日本の性教育が、他国に比べて遅れまくってるというのは有名な話ですが、それでもまだ「余計な知識を与えるな」という考えの大人が多いという事に驚きです。

そして被害者へのバッシング、好奇の目。

「〇〇すれば良かったのに」なんて簡単に言うけど、それを、その当時その瞬間にとっさに判断して行動するという事がどれだけ難しいか。これは実際に経験してみないと分からないかもしれません。

そして一番難しいのが「誰かに相談する」ということ。

ちゃんと向き合って話を聞いてくれ、被害者の匿名が守られ、そして確実に(加害者に逆恨みされず)事件を解決できる、という確信と安心感が無ければ、相談なんてできない。
これは子供も大人も関係ないと思います。



続きます。
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友達がYの事を知っていた事に驚きましたが、された内容をきいて更に驚きました。

Yは完全に手あたり次第、犯行をしていたという事になります。

一体何人に手を出していたのか。
そして、「未遂」で済まなかった子がどのくらい居たのか。

Yの存在が、私が思ってる以上にヤバかったんだと分かったのは、2年も経ったあとでした。




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多分、あの事件のあとも放送室には通っていた…と思うのですが、正直覚えていません。

とりあえず無事に放送委員会を終えた事は確かです。

そして、この事は誰にも話せませんでした。


Yの担任に話すことは迷ったのですが、ほとんど話したこともない大人の男性に、自分がされた事を細かく話すのはとても抵抗がありました。
それに、話したことによって私やYがどうなるのか分からなかったのも怖かった。

母親には、Yの担任以上に絶対に話せなかった。

当時わたしの家は性に関する話はタブーみたいになっていて、父親が単身赴任で女しか家に居なかった(母、姉2人、私)にも関わらず生理や恋愛話などは極秘みたいな雰囲気でした。
そんな中、意を決してオリモノについて相談したのに、笑われた事がショックで…。
もう性に関する話題は母には絶対にしないと誓い、それ以降もそういう系の話をする事はありませんでした。

とにかく誰にも言えなかった。

そして、あの襲われた日以降、普段の生活で心から笑えなくなった自分がいました。
(思い出として消化できるようになったのは、中学生以降くらいかな)
何をしてても急に思い出してしまい、心がズーンと重くなりました。

6年生の時に、下ネタを話せるくらい仲良くなった友達が居て、ある日ついにYにされた事を話したのですが、返ってきたのは思いがけない言葉でした。




続き
ます。
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とっさに抵抗するのって、本当に難しいんですよ。
それが10歳なら、なおさら。


各部分をまさぐられましたが、一番大事な部分になった時に私はようやく覚醒し、抵抗する事ができました。

私は低学年の頃はやんちゃで、男子と取っ組み合ったりしていたので、その経験を活かしてとにかく引っかいたり叩いたり暴れたりしてYの体から抜け出しました。


完全に戦闘モードになった私を見てYは、それ以上は何もしてきませんでした。



その時に言われた「ぶっ殺す」という言葉。

これは、以前から下ネタを話すときにYがよく使っていました。
「今度クラスのE子ぶっ殺してえ~」みたいな感じで。
なので、その時から私はYの言ってる「ぶっ殺す」の意味が、普通と違う事に気が付いていました。


その後、朝の放送時間になり、通常通りに放送したあとに廊下に出ました。

地獄のようだった放送室と、外の空気が、まるっきり違った事を鮮明に覚えています。

「助かった」
と思いました。



続きます。
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いまだに、昨日のことのように思い出せます。

月曜日の朝の放送当番。

委員長が来なくて、二人きりでした。


痴漢やつきまとい等を経験した今なら、背後を取らせるなよ!と思うのですが…。
当時の私は、そんなの分かるはずも無く。
なるべく近くに居たくないから、背を向けて黒板に記入してたんですよね。
(黒板には毎日、日付や放送予定を書かないといけなかった)

そして、後ろから捕まりました。


…背後を取らせるな、といっても、私が前を向いてようが座ってようが、いずれYはやってたと思いますが…。




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5年女子が来なくなったのは、当然のことだったと思います。

私も、今思うと行かなくても良かったと思う。
でも、当時クソ真面目だった私には、「サボる」という選択肢はありませんでした。

元々4人しか居なかったうちらの班で、私が行かなかくなったら、残り2人になってしまう。

4人と言っても、全員が毎回来ていたワケではなくて、学校をたまたま休んだ日が月曜日だったり、学年集会で遅れて放送時間に間に合わず行けなかったり等、各々が欠席する事もちょくちょくありまして。
(そういう時のための「6人の班」だったんだけど…)

私が行かなくなって、6年生の2人だけで回すようになってしまったら、放送できない時があるかもしれない。

いつもの時間に放送が流れなかったら、先生が即座に「放送流れないな。放送委員会誰だ?」と言うような環境でした。
もちろん、放送委員会の担当の先生からも怒られます。

「誰も行かなくて放送が流れない」という事態は放送委員会での最大のタブーだったのです。

なので私は、それだけは避けなければならないと、謎の使命感で放送室に通い続けました。


すると当然ながら、今まで5年女子が受けていたセクハラが、全て私に降りかかってくることになります。

今まで触られていたのは5年女子だけだったのですが、私に対しても触ってくるようになったのです。
もちろん、言葉のセクハラも続きました。




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私と5年女子は、Yを無視する事しかできませんでしたが、それが当時精一杯の抵抗でした。

でも、抵抗しない事で調子にのったのか、Yの行動は酷くなっていきました。

言葉のセクハラに加えて、手も出るようになってきたのです。

私より5年女子の方が発育も良かったからか、主に5年女子を狙っていました。
でも私も決してYに見過ごされていたわけではなく、ちょいちょい下ネタを振られていたので、7-3くらいの割合だったと思います。
私の方が被害が少なかったとはいえ、5年女子が被害に遭ってる姿を見るのはとても心が痛みました。


しかし、セクハラに遭ってたのは私と5年女子だけではありませんでした。

委員長も被害者だったのです。


委員長は優しくて、私たちに対するセクハラが酷い時は止めてくれていたのですが、Yは委員長にもセクハラをしていました。
今思うと、一番ひどかったかも。
普段仲良い?から遠慮が無かったのか、ふざけたフリをして体を触ったり触らせたり、時には↑の漫画に描いたように、無理やり押さえつけてセックスの真似事をしたりしていました。

えづいていた委員長の姿が印象的で、私もなるべく見ないようにしていたけどそれでもとても気分が悪かった。
生粋オタクな私がBLにハマらずに夢女になったのは間違いなくこれが原因です。
(でもBLを否定するつもりはないし、好んで見ないだけで普通に読む分には平気です)






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全然話したことのない先生だったけど、Yの担任だという事は知ってました。

私が放送室から出たところを丁度通りかかったらしく、声を掛けられました。


この時私はYのことを下ネタお調子者野郎だと思ってたので、そういう意味で私を気にしてくれたのかな~、と、その時は思いました。

のちのちこれが伏線になるとは思いもせず…。
今思い返しても、本当に漫画みたいな伏線でした。



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放送室の更に奥に「録音室」という部屋があり、Yはそこも使いこなしていました。今思っても、小6でこれらができるのは凄いと思います。

しかし、その部屋で卑猥な言葉を浴びせられる5年女子…。
彼女が、エロ用語の意味をどこまで理解していたのかは分かりません。
私も「知ってる」というリアクションはしませんでした。

Yに限らず、悪ノリしてる相手に対して何か反応しても相手を調子にのらせるだけ。
これは高学年にもなれば皆が理解してることでした。


委員長とYは元々同じクラスという事もあり、いつも二人で喋っていて、私と5年女子は黙ってそこにいるだけ。
「じゃあこの放送はキミがやって」みたいに委員長が指示を出して、全員でローテーションしながら放送をしている感じでした。

だんだん下ネタを言うようになったYは、最終的にはそればっかりになっていました。
U子とのセックス話は、さすがにウソだろと思いながら聞いていた私。
委員長もスルーしていました。




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